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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3098号 判決

原告 乙山花子こと 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 森重一

右同 森謙

被告 甲野月子こと 丙川月子

右訴訟代理人弁護士 江副達哉

右当事者間の冒頭掲記の事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、金一二〇万円及びうち金一〇〇万円に対し昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

本判決は、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  原告と太郎とが昭和三五年一二月八日婚姻届をして婚姻し、その後右両名間に請求の原因一記載の三人の子供が出生したこと、ところが、被告は、昭和四五年春頃から、太郎に妻の原告がいることを知りながら太郎と肉体関係に及び、その結果昭和四六年一月七日太郎との間の子である陽子を出産したこと、しかし、被告は、その後も太郎との肉体関係を継続し、昭和四九年一月二三日頃太郎と同居して、じ来太郎と夫婦同様の関係を続けたこと、その間、同年一月一六日に原告と太郎とが離婚する旨記載した離婚届が出されて、その旨戸籍簿に記載され、一方、太郎と被告とは同年二月一三日右両名間の婚姻届をしたこと、しかし、その後原告が太郎を相手どり右離婚無効確認請求訴訟を提起し、その後これについて原告勝訴の判決の言渡しがあって昭和五〇年六月三〇日頃これが確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  しかして、≪証拠省略≫を総合すれば、次の(一)ないし(六)の各事実が認められる。

(一)  原告と太郎とは昭和四四年頃は東村山市○町に同居していたが、太郎は、同年一〇月頃保谷市内に「K」という商号の飲食店を開店したためその後は、右東村山市内の自宅から右飲食店へ通勤してその経営にあたっていた。被告は、太郎に雇用されて、右店に「星子」という通名で従業員として働いていたが、昭和四五年春頃太郎と親しくなって、太郎の誘いに乗って肉体関係を持つようになった。

(二)  昭和四六年一二月二四日に原告の許へ、女の人から自分の氏名を告げずに電話で「あなたの主人がおたくの従業員と近くのアパートを借りて夫婦のような態度で住んでいる。それに赤ちゃんもいるんだよ。」との告げ口があった。そこで、原告は、早速前記飲食店に電話をして、被告に、右電話の内容を話して、太郎に右電話で指摘されたような女性がいるか質したところ、被告は「自分は太郎とそんな関係にはない。」旨の虚の返事をし、ついでその際太郎からも原告に対し、原告が被告に右電話をしたことをたしなめ、太郎と被告とは原告が指摘するような関係にはない旨の電話があった。

(三)  しかし、原告は、太郎と被告との間を疑ぐって昭和四七年六月頃念のため被告の戸籍謄本を取り寄せてみたところ、太郎が、被告が昭和四六年一月七日出産した子供の陽子を認知していることを発見したので、これにより、初めて、太郎と被告とが肉体関係に及んでいることを確知した。そこで、右の頃、原告は太郎に対し右戸籍謄本を示して被告との関係を質したところ、太郎は、被告と肉体関係に及んだことを白状して、早急に被告と話し合って別れるからしばらく待つよう哀願したので、原告は太郎を信用して待つことにした。しかし、その後太郎は一向に被告との関係を絶つ気配がなかったので、原告は、しばしば太郎に被告と別れるよう迫る一方、被告に対しても太郎と別れるよう求めたが、右両名とも原告の申し入れを容易に聞き入れようとしなかった。そこで、原告と太郎とは被告のことでしばしば口論となり、その際原告は、太郎と離婚する意思は毛頭なかったが、立腹の余り「私と別れるならきちんとしてくれ。もしそれができなければ、星子とはっきり別れてくれ。」と口走ったところ、太郎は、その場をとりつくろって原告をなだめ、「原告とは絶対別れないし、被告のアパートへは絶対いかない。」と誓約した。

(四)  昭和四八年暮頃太郎の帰宅がまたもや遅くなることがあったので、原告は、前記店の近辺にある被告のアパートへ電話したところ、太郎は被告の許へ寄っていることがわかった。太郎は右誓約を全く遵守せずに依然として被告と肉体関係を継続していたのであった。

(五)  そのうちに、昭和四九年一月七日頃被告が九州の実家へ一時帰省していたところ、太郎は被告を追って九州の被告の実家へ行き、その後同年同月一〇日頃原告の許へ帰ってきて、原告に対し、種々の条件を提案して原告が太郎と離婚するよう求めたが、原告は右求めを強く拒否して承諾しなかった。ところが、太郎は、原告が太郎と離婚する意思がないにもかかわらず、原告に無断で、その意思に基づかず、昭和四九年一月一六日原告と太郎とが協議離婚する旨の離婚届をなし、再び、九州の被告の許へ行ってしまった。右の事実を知らない原告は、太郎から無断で協議離婚届がされることを憂慮して同年一月一九日頃最寄りの役場と本籍地の役場とへ離婚届の不受理届を出す一方、同年同月二一日頃九州の太郎の許へ電話したところ、被告がその電話に出て、「この度はどうも」と云ったので、「原告は太郎との間には子供もいるので太郎とは絶対に離婚する意思はない。」と伝えた。

(六)  しかるに、前記一に判示のとおり、太郎は昭和四九年一月二三日頃原告らの妻子を残して家出して、即刻被告が居住していた前記アパートに身を寄せたので、その後同月から同五〇年四月一五日頃までの間、被告は、太郎と同所において同棲して肉体関係を続け、一方、太郎は当時原告が太郎と同居して夫婦生活を営むことを望んでいたにもかかわらず、原告の許へ帰らなかった。

三  証人甲野太郎は、原告は、前記二の(五)に認定の離婚届を承諾したので、右離婚届は原告の意思に基づきなされたものであるなど右二の認定に反する供述をしているが、右証人の右供述部分は右二に掲記の他の証拠に照らし措信できず、他に右二の認定を覆すに足りる証拠はない。

四  右一及び二に判示の事実によれば、太郎が昭和四九年一月一六日なした原告と太郎との協議離婚届は原告の意思に基づかずなされたものであるから無効であり、従って原告と太郎とは昭和三五年一二月八日離婚届をしたとき以来今日まで依然として婚姻した夫婦の間柄にあるから、太郎は原告に対し夫婦としての守操義務及び同居協力義務を負担しているものである。ところで、太郎は、右のとおり原告と婚姻届をした夫婦の間柄でありながら、前記一に判示のとおり昭和四九年二月一三日被告とも婚姻届をしているものであるから、太郎と被告との右婚姻届は重婚になるものといわなければならない。しかして、重婚は民法七四四条、七三二条により取消されるまでは有効であり、右取消の効力も原則として既往に遡及しない(民法七四八条一項)もであるから、重婚関係にある男女の間にも夫婦として互いに守操義務及び同居協力義務を負担しているものと云えないでもない。しかし、重婚関係になることを知って婚姻届をして故意に刑罰に処せられるべき重婚罪を犯した者については、その結果生じた身分関係に基づく権利によりその者を保護すべきでないものというべきであるから、このような場合においては、民法七四八条三項を準用ないしこの規定の趣旨からして、故意に重婚関係に入った者は、その相手方に対し、一般に婚姻関係から生ずる権利(貞操を守ることを求める権利、同居協力を求める権利等)を主張し得ないものと解するを相当とする。

前記二に判示のとおり被告が太郎と前記婚姻届をなした日の約二〇日程前の頃(昭和四九年一月二一日頃)被告は原告から「原告は太郎とは絶対に離婚する意思はない。」旨聞知した事実があることやその他前記二に判示の右の前後の事情等を総合すると、右当時被告は、太郎がなした原告との前記協議離婚届は原告の意思に基づかずになされた無効のものであることを察知してこれを知っていたので、当時被告が太郎との婚姻届をなせばこの婚姻が重婚になることは十分承知していたものと推認できる。そうだとすれば、被告は、依然として原告と婚姻関係にある太郎と故意に重婚関係に入ったものであるから、右重婚に基づき太郎に対し前記婚姻関係にある者が相手方に対し有する権利(貞操を守ることを求める権利又は同居協力を求める権利)を主張し得ないものといわなければならない。

右の見地に立脚して本件をみると、前記一及び二に判示の事実によれば、前記原告との離婚届又は被告との婚姻届がなされたのちも太郎は依然として原告に対してのみ夫婦として守操義務及び同居協力義務を負担していたにもかかわらず、昭和四五年春頃からは原告に対する守操義務に違反し、昭和四九年一月二三日頃原告の許を出て被告と同居してからは原告に対する同居協力義務に違反する各行為をなしているところ、被告は太郎の右各行為に故意に加担する行為をなしているものであるから、被告の右行為は原告に対する不法行為にあたるものといわなければならない。そうすると、民法七〇九条に基づき、被告は、原告に対し、右不法行為に因って原告が被った損害を賠償する義務がある。

五  そこで、原告の損害について検討する。

(一)  前記一及び二に判示の事実によれば、原告は被告の右不法行為に因り多大の精神的苦痛を受けたことが推認でき、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記一及び二に判示の諸般の事情を総合勘案すると、原告が右の事態に至ったことについては、むしろ夫の太郎にその責任の大半があって太郎こそ大いに非難せられるべきものであるが、被告も原告の求めに耳をかさず、長年月に亘って妻たる原告をないがしろにして太郎と夫婦気どりで関係を継続しておってその責任はけっして軽いものではないものと認められるから、被告が原告に支払うべき原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円をもって相当と認める。

(二)  次に、前記一及び二に判示の事実並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が右慰藉料の支払いに容易に応じないと考えられたが、原告みずから被告を相手どり右慰藉料支払請求の訴訟を提起できなかったため昭和四九年四月一九日頃本訴の提起を弁護士森重一及び同森謙(原告訴訟代理人)に委任して右両弁護士との間でその報酬として右両弁護士に合計金二〇万円を支払う旨の報酬契約を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右(一)に認定の慰藉料認容金額並びに前記一及び二に判示の事実その他本訴において認められる諸般の事情を総合して考慮すると、右報酬金二〇万円は原告が被告の前記不法行為に因って被った損害であり、その金額の支払いを被告に負担させるのが相当である。

六  してみれば、原告は、被告に対し右五の(一)の慰藉料の損害金一〇〇万円、及び右五の(二)の弁護士報酬金の損害金二〇万円、並びに右慰藉料の損害金一〇〇万円に対する本件記録上明らかな本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。

七  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑末記)

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